摂食障害は症状が減ったら回復、ではありません|「誰かのケアをする側」を手放すということ

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大橋とも(オレンジ) 公認心理師/「親子過食卒業レッスン」主催 自身も25年以上、摂食障害の当事者として過ごす。現在は公認心理師として、トラウマ・愛着・マインドフルネスの視点から、お子さんの食に悩むお母さまの支援を行う。著書『わが子が摂食障害になったら読む本』(松本功 監修/ビジネス社)はAmazon「ストレス・心の病気」部門で予約1位。読売新聞オンライン(ヨミドクター)、婦人公論.jpなどに掲載、FMラジオにも出演。 |
🎤 登壇・講師実績
- 株式会社dreamin「食べ過ぎと心のストレスセミナー」講師
- NPO法人マインドフルネス心理臨床センター「過食とマインドフルネス」セミナー講師
- NPO法人マインドフルネス心理臨床センター『わが子が摂食障害になったら読む本』出版記念セミナー講師
- NPO法人マインドフルネス心理臨床センター MBRP講師養成講座 講師(第2期)/MBRP講師(第4期)
- トラウマリカバリーカレッジあさがや主催「自分とつながり、関係を育む非暴力コミュニケーション――基礎から学び、体験に聴くNVC入門」登壇
- 起業家勉強会「アダルトチルドレンと家族関係」セミナー講師
※本サイト内での感想や実績は、クライアント様個人の感想や実績であり、同様の結果を保証するものではありません。変化には個人差があります。サイト内の事例等については、掲載許可を得たもの、または、よくある事例を元に再構成をしたものです。いずれも個人が特定できないように一部を改変しています。
「ちゃんと話を聞いてあげられていたら、こんなことにはならなかったんでしょうか」
お子さんの摂食障害のことでご相談に来られたお母さまが、ふとこぼされた一言です。
でも、そこからお話を伺っていくと、ほとんどの場合、あるものが見えてきます。
そのお母さまご自身が、小さな頃からずっと「誰かのケアをする側」に立ち続けてきた、ということです。
お母さまの育て方のせいではありません。
そして、さらにお話を伺っていくと、そのまたお母さま——お子さんから見ればおばあさまも、同じように「誰かを助ける役割」を担ってこられた、ということが、とてもよくあります。
つまりこれは、誰か一人の育て方の問題ではなく、何世代にもわたって受け継がれてきた「役割」の話なのです。
公認心理師の大橋とも(オレンジ)です。私自身、25年以上、摂食障害の当事者として過ごしてきました。今は「親子過食卒業レッスン」のグループ講座や個別セッションで、お子さんの食のことで悩むお母さまたちとご一緒しています。
これまで、たくさんの摂食障害の当事者の方と、お子さんのことで悩まれるお母さまのお話を伺わせていただいてきました。その中で、ずっと感じ続けてきたことを、今日は書かせてください。
たくさんのお話を伺うなかで、共通して見えてきたこと
摂食障害のご本人も、ご家族も、抱えていらっしゃる事情はそれぞれ違います。年齢も、ご家族の形も、症状の出方も、本当にさまざまです。
それでも、何年も、何百回とお話を伺ってくるうちに、驚くほど共通して浮かび上がってくるものがありました。
「誰かを助ける役割」で生きざるを得なかった方が、とても多いということです。
ご自身が摂食障害の当事者である方も、お子さんのことで悩まれているお母さまも、同じでした。
その「役割」は、小さな頃から始まっていました
具体的には、こんなお話をよく伺います。
- 体調がすぐれない家族や、手のかかるきょうだいがいた
- 大きな問題はなかったけれど、家の中にいつもけんかや緊張感があった
- 誰かの機嫌を損なわないように、先回りしてふるまわないといけなかった
- まだ小さいのに、家事を担わないといけなかった
- 大人の愚痴を、聞き役として受け止めないといけなかった
- 誰かのお世話をすることが、いつのまにか当たり前になっていた
大切なのは、「誰が見てもわかる大変さ」があったかどうかではありません。
その子が、自分のことより先に、誰かのことを考えるのが当たり前になっていたかどうかです。
だから、ご本人にとっては「普通のこと」として記憶されています。だからこそ、気づきにくいのです。
なぜ「役割」が、摂食障害とつながっていくのか
役割を背負い続けるというのは、自分の感覚や欲求や気持ちを後回しにし続ける、ということです。
お腹がすいた。しんどい。悲しい。嫌だ。
そういう自分の内側から湧いてくる感覚よりも、「今、この場をどうおさめるか」のほうが、いつも優先される。それが何年も続くと、自分の感覚のほうが、だんだん聞こえなくなっていきます。
緑モードで過ごせた時間が、少ないまま育つ
家の中に緊張感がある環境では、心と体は赤モード(イライラ・不安・落ち着かない)や、青モード(感じないようにしてシャットダウンする)に入りやすくなります。
安心してその場にいられる緑モードに戻れる時間が、少ないまま大きくなるのです。
「DOの自信」だけで、自分を支えることになる
こうした環境で育つと、自分を支えるものが「DOの自信」
——役に立てたから、うまくできたから、迷惑をかけなかったから、という条件つきの自信(役割を果たす自信)——に偏りがちになってしまうんです。
誰かの役に立たなくても、何もしていなくても、ここにいていい。
そういう「BEの自信」が、育ちにくいのです。
役割=自分自身になると、体重=自分の価値になりやすいですし、「誰かをケアし続ける役割」を手放すことが難しくなることもあります。
それが「ご自身の症状」として出る方もいれば、「お子さんの摂食障害という形」で表面化する方もいます。
Aさんの場合——「いい子」と言われ続けた人
ここで、よくあるご相談を元に再構成した例を、ひとつご紹介させてください。
Aさんは、高校生のお嬢さんの食のことでご相談に来られたお母さまです。お嬢さんは、半年ほど前から食事量が極端に減り、家族と一緒に食卓につくことを避けるようになっていました。
Aさんは、最初こう話されました。
けれど、私はこのとき、「Aさんの育て方が原因です」とは、思いませんでした。
そこで、Aさんご自身が子どもの頃どんなふうに過ごしていらしたかを伺ってみました。すると、少しずつ出てきたのです。
ご両親の仲が良くなく、家の中はいつもぴりぴりしていたこと。Aさんは幼い頃から、お母さまの愚痴を聞く役で、夕飯の支度も任されていたこと。妹さんが泣くと、真っ先に駆け寄るのはAさんだったこと。
そして、周りの大人からはいつも、こう言われていたそうです。
「Aちゃんは、しっかりしていて、いい子だね」
Aさんは、こうおっしゃいました。「でも、うちは学校にも行かせてもらっていたし、習い事もさせてもらっていたので、普通の家庭だったと思います」
この「普通だった」という言葉を、私は本当にたくさん聞いてきました。
けれど、生まれたときから、
「しっかりしたいい子の赤ちゃん」はいないんですよね。
育っていく過程のどこかで、
いい子でいなきゃいけない何かがあった、ということが多いんです。
そして、そのパターンが、大人になってからも、続いてしまうと、
誰かの期待に応えること。
誰かのケアをすること。
「誰かのために生きること」が続いてしまい、生きづらさが何世代にも続いていることも珍しくないんです。
Aさんのお母さまも、おそらく同じでした。ぴりぴりした家の中で、誰かの機嫌をうかがいながら過ごしてこられた方だったのだと思います。
だからAさんに愚痴を聞いてもらうしかなかった。Aさんのお母さまもまた、ご自身の話を聴いてもらう場所を持てなかったのです。
誰が悪かったわけでもありません。
ただ、「自分のことを後回しにする」というやり方が、親から子へ、次の子へと、受け継がれてしまうことはよくあるんです。
そして、この世代間で連鎖した生きづらさは断ち切ることができます!
※この事例は、よくあるご相談を元に再構成したものです。個人が特定できないよう、一部を改変しています。
「私も、大変だったんだ」と気づくとき
セッションの中で、多くの方がある瞬間に出会われます。
「私も、大変だったんだ」
これは、誰かを責める言葉ではありません。
自分の人生を、ようやく自分の側から見た、という言葉です。
そして、ここからもうひとつの気づきが生まれます。
「もう、誰かのためにだけ生きなくてもいいんだ」
この、役割を手放していく感覚が育ってくると、回復が進んでいかれる方が多いです。
ただし、それは「一人で気づけること」ではありません
ここが、いちばんお伝えしたいところです。
役割を手放していくために、必要なことが3つあります。
一度気づいたら終わり、ではないのです。
何年も、ときには何十年もかけて身についた「役割」は、一度の気づきでは手放せません。何度も話して、何度も受け止めてもらって、少しずつ「話してもいいんだ」という実感が体に染み込んでいきます。
聴いてもらう、というのは、ただ言葉を聞いてもらうことではありません。耳と、目と、心で聴いてもらうこと。投げたボールを、落とさずに受け止めてもらうキャッチャー役がいる、ということです。
摂食障害は、症状が減ったら回復、ではありません
もうひとつ、大切なことをお伝えさせてください。
摂食障害は、症状が減ったら回復、ではありません。
むしろ、症状が治まってきてからが、次のステージのはじまりです。
症状には、苦しさに蓋をしてくれていた側面があります。その蓋がゆるむと、本当に困っていたことが、見えるようになります。
人との関係のこと。
これからの生き方のこと。
仕事、恋愛、結婚、学校、子育て、家族との関係…
ずっと後回しにしてきた、自分の気持ちのこと。
現実的な苦しさに、直面する時期がやってきます。
だから、この時期はとても苦しくなりやすいのです。
私自身も、何度も過食に戻りました。
「もう大丈夫」と思ったあとに、また戻る。その繰り返しでした。
あのとき何が足りなかったのかと振り返ると、答えはこの2つでした。
自分の話を聴いてくれる相手と、場所です。
「誰かのため」ではなく、自分のためのケアを増やす
トラウマケアの世界では、「支援者こそ、自分のケアが欠かせない」と言われます。
人の痛みや揺れに寄り添うということは、自分の内側にも触れる機会が増えるということ。だからこそ、専門家や回復者の先輩方は、“自分のためのセッション”を続けています。
私も同じです。公認心理師として専門性を高めるためにも、そして自分自身の回復のためにも、継続的にセッションを受けています。
「大事な人の話を大事に聞くためには、自分の話も大事に聞いてもらう経験が必要」
これは、自分も相手も大切にするための、とても大切な土台だと感じています。
お母さまも、同じだと思うのです。お子さんの話を聞き続けるためには、お母さまの話も聞いてもらえる場所がいります。
この記事でお伝えしたかったこと
ここまでのまとめです。
- 摂食障害の背景には、小さな頃から「誰かを助ける役割」を背負ってきた歴史があることが多い
- それはお母さまの育て方のせいではなく、おばあさまの代から何世代にもわたって受け継がれてきたことが多い
- その役割は「当たり前」として記憶されているので、自分では気づきにくい
- 「私も大変だったんだ」と気づき、役割を手放していけると、回復が進んでいく方が多い
- そのためには「話す・受け止めてもらう・繰り返す」の3つが要る
- 症状が治まってからが本当のはじまりで、だからこそ一人では戻りやすい
- 聴いてくれる相手と場所を持つことは、弱さではなく方法
ずっと誰かの話を聴いてきた方こそ、聴いてもらう側にまわってほしい。これまでたくさんのお話を伺ってきて、年々、その思いは強くなっています。
【お知らせ】10月の体験セミナー、残り1席となりました
9月30日(水)の体験セミナーは満席となり、昨日も10月分にお申し込みをいただきました。
そのため、10月16日(金)の回は、残り1席となっています。
体験セミナーには、別日の個別相談がついています。セミナーで気づいたこと、その場ではうまく言葉にできなかったこと、そして「うちの子の場合は、どうしたらいいですか?」という、いちばん聞きたいこと。グループでは話しづらいご家庭の事情も、ここでじっくりお話しいただけます。
この個別相談は、一般には募集していません。体験セミナーにご参加くださった方だけにご案内しているものです。私ひとりでお受けしているので、たくさんの枠をご用意できないのです。
「まだ迷っている」——その気持ちのままで、大丈夫です。迷いながらお申し込みくださった方が、いちばん多いのですから。
この記事で書いたような「役割」のお話は、著書『わが子が摂食障害になったら読む本』でも詳しく書いています。よろしければ、そちらも手に取ってみてください。
※本記事は、摂食障害の診断・治療に代わるものではありません。心身の状態が気になるときは、医療機関にご相談ください。回復の過程には個人差があります。
著者プロフィール
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大橋とも(オレンジ) 公認心理師/「親子過食卒業レッスン」主催 自身も25年以上、摂食障害の当事者として過ごす。現在は公認心理師として、トラウマ・愛着・マインドフルネスの視点から、お子さんの食に悩むお母さまの支援を行う。著書『わが子が摂食障害になったら読む本』(松本功 監修/ビジネス社)はAmazon「ストレス・心の病気」部門で予約1位。読売新聞オンライン(ヨミドクター)、婦人公論.jpなどに掲載、FMラジオにも出演。ソマティック・エクスペリエンシング™(SE™)、AEDP®レベル1セラピスト、MBRP講師資格、BCT(ボディコネクトセラピー)コアスキル修了。 |

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